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コンペイトウブルーの明日

自律神経失調症になってしまった私の他愛のない毎日

私と祖父

今日のできごと 自律神経失調症
こんばんは、紫陽です。

最近、いつもより増して眠たい毎日が続いています。
薬の副作用も考えられますが、ずっと飲んでた組み合わせなので、突然ここまで眠たくなるものなのか不安です。

全く脈絡ないですが、私の母方の祖父は事故に遭い、最終的には脳卒中で亡くなったのですが、事故後の介護期間の初期に、頭を強く打ったせいで身の回りの状況や自身のことをきちんと把握できてない時期がありました。
祖父は元気だった時は、ワンカップ片手に運転して警察にお世話になったり、朝早くから起きて朝食を作ったり、営業仕込みの喋りで私にたくさんお話ししてくれた時々ヒヤヒヤしたけど、優しくて強くて曲がったことが大嫌いなかっこいいおじいちゃんでした。
そんな祖父だったので、自分が何をしたいのか伝えられなかったり、自分がどんな状態なのかわからなくて、祖父自身も辛かった時期でした。
祖父の遺品整理や住居の改築などを済ませたある日、母が「おじいちゃん、あの時ねスペイン語、しゃべってたのよ」とポツリポツリと話し始めたことがありました。
きっと、目まぐるしい日々が終わってひと段落ついたから、話せるようになったのだと思います。
祖父は戦時中、スペイン語を母国語とする国に母と兄弟たち(母からみたら祖母と叔父さんたち)と一緒に渡っていたそうで、担当医の話だとその時に覚えたスペイン語が、頭を強く打った拍子に出てきたのだろうということでした。
私は、祖父がスペイン語を話していた姿を見たことがないし、外国の話を聞いたりもしなかったのでなんだか意外でした。
けど、脳の不思議な構造に純粋に感動し驚きました。
祖父が事故に遭って祖父自身も私たちもたくさん辛い思いもしたけど、後々の私にとっては知らなかったことを知ることのできた機会でもありました。
しかし、事故に遭わず、健康に過ごしていたら、きっと今も祖母と2人で喧嘩しながら仲良く過ごしていたんじゃないかと思うと、悔しくもあります。
あの事故さえなければ、楽器を吹いてる姿も、中学や高校の制服も、もっと言うと花嫁姿だって見せられたかもしれない。
一緒にドライブにいって、私の運転の練習に付き合ってくれたかもしれない。
お酒が大好きだった祖父だから、きっと一緒にお酒を飲みに行ったかもしれない。
そんな「もしかしたら」をたくさん思い浮かべてしまい、時々泣いてしまう時もあります。

私も今の病気になって、心じゃなくて脳神経にに働きかける投薬治療を主にしていることもあって、脳って複雑で一度歪んでしまうと元に戻すのは大変なんだなとつくづく感じています。

だから、職場では現場の作業員である若手の子たちには、しっかりヘルメット被るように口を酸っぱくして指導します。
痛いだけじゃ済まないんです。
好きだったことも嫌いだったことも、当たり前の日常だったことも全部わからなくなることがあるかもしれないんです。
もっというと、下手したら死に直結することもあり得ます。
だから、危険な場所での作業を行う皆様、どうか頭部の保護、蔑ろにしないでください。
どうかあなたの“当たり前”が不意なことで失われませんように。