コンペイトウブルーの明日

自律神経失調症になってしまった私の他愛のない毎日

私と自律神経失調症と仕事

こんにちは、紫陽です。

 
今日は、自分と向き合う時間をちゃんとと持ちます。
自律神経失調症という病気と仕事との付き合いについて少しお話しします。
 
まず、自律神経失調症という病気は、めまいや動悸、頭痛、胃痛・消化不良、集中力の欠如、感情の起伏の激しさ(過度な怒りや不安などの繰り返しだったり)、不眠など幅の広い症状が現れる病気のようです。
上記の症状は不定愁訴と言われ、一概に何が原因ということがはっきりしていないため、対症療法として投薬することが大半です。
私も、現在、消極的ながらも抗不安薬抗うつ薬を服用しながら、毎日を生きています。
 
もともと、そういう病気になりやすい性質を持っていたのだろうとは思います。
過去の自己紹介でいくつか挙げましたが、もともとストレスが胃腸に直結しやすく、中長期の集団生活だった司書講習から戻ってきて数日後にめまいで倒れるなどしているので、環境の変化やストレスへの耐性が低いのだと思います。
父も自律神経失調症とは違うようですが、似たような症状に悩まされていた時期があったので、遺伝的な部分もあるのかもしれません。
 
最初に体調がおかしいな、と思ったのは、一昨年の夏の終わりくらいからでした。
ちょうど、工場長が大腸ガンを患われて、長期での休養に入られて少し経った時期だったと思います。
朝起きられない、起きても身体が鉛のように重たかったり、食欲があんまりなかったり、帰宅しても食欲よりも眠たさが勝ってしまい、食べずに寝たり、運が良ければ夜中に目が覚めて慌ててお風呂に入って布団に入る毎日でした(運が悪ければ、早朝にお風呂、なんてこともよくありました)。
最初は、ちょっと遅いけどいつもの夏バテがきたのかなと軽く見てました。
職場では毎日のように、本社から依頼された通りに仕事をしていたら上司からダメ出しをくらい、今まで通りに仕事を続行する予定だったものを上司が勝手に中止の連絡回していたり、業務報告や連絡が一切私に対して行われず、「なにそれ、私知らないんだけど……」なんてことがありました。
毎日、帰宅すると母や妹に職場で起こったことを話しました。めっちゃ怒りながら……
答えが出るわけないのは知っていましたが、ガス抜きになればいいな、と思って話していました。
 
 
 そのうち、秋が終わり、冬がやってきました。
工場長が復職され、職場での上司の異常な行動は少しずつ諌められてきました。
おかげで、少し仕事がやりやすくなったものの、生理的に上司のことを受け入れられなくなりました。
かなり重責な問題を起こしても「ごめんごめん」と笑いながら言うだけで、後処理は一切しないし、普段の会話も厭味ったらしい言い回しが多く、上から目線で……私に対してだけならまだしも、取引先の担当者にまでそんな調子だから、「社風としてがお客様第一主義だと知っていて私たちにはそういう教育させてるのに何なんだ」と耳に入ってくるだけで身体が拒否反応を示しました。
 話し声や咳が聞こえるだけでもイライラするし、何よりも口調が気に食わない。
そんなこともあって、声をかけられるだけでもストレスを感じます。
そして、意見しようとすると、体がきゅっと縮こまるのがわかります。手足が震えて、咽喉が話すごとに閉まっていくので、だんだん声が出なくなるのです。
これらの状況は、今でもさして変わりません。
 
体調の面は、3ヶ月も症状が続き、しかもだんだん症状が酷くなってきたので、両親からは「変な病気なんじゃないのか、病院には行ったのか」と言われました。
私も、趣味の読書がはかどらなくなり(というか、大量の文字が踊り始めていたので)、これはやばいぞ、と自覚し始めたため、どうにかして病院いかなきゃな、と思いつつも年末年始の莫大な業務に押しつぶされてしまい、結局その年は病院に行けずに終わってしまいました。
 
年が明け、年始の仕事が落ち着いた頃、とうとう悪化しきってしまいました。
うつ状態になっていたらしく、何もないのに涙が出てくるようになりました。
通勤中の車の中でぼろぼろ泣いてしまって、朝せっかく時間をつくってメイクした顔もぐちゃぐちゃになってしまっていました。
もちろん、仕事中も時々ぼろぼろと泣いてしまっていました。
上司や他の事務所の社員が気づいていたかどうかは知りません。
けど、そんな毎日でした。
 
ある時、掲示されていた書面のすべてで、私の名前だけ漢字変換が間違ったまま貼り出されていました。
ウチの社員であれば、誰でも見るようなところに貼っている掲示物でした。
作成者を確認すると、やっぱり上司でした。
普段、さんざん私に対しては書類の誤字脱字を指摘してくるのに……と怒りとやるせなさで頭の中がいっぱいになりました。
何よりも、配属から1年以上経っても一人しかいない部下の名前を間違えるような上司と、どうして仕事してやんなきゃいけないんだよ、という気持ちが強くなりました。
 
仕事から帰って、母や妹に会社での愚痴を言うときも、このころには感情の起伏が激しくなり、怒りすぎて泣いたり、落ち込みすぎて寝込んだりしました。
TVを見ても気分転換にならず、母が歌うのでさえうるさく感じる始末でした。 
 
朝しゃんと起きられない、夜早く布団に入っても明け方にしか眠れないという毎日を繰り返し、感情の起伏は今まで以上に激しくなりました。
酷い時には、死んだほうが楽だってずっと思ってました。
お風呂に入っているときに、何度カミソリを腕に当てようかと逡巡したでしょう。
そして、ついに、朝出勤のために起きて顔を洗おうと洗面所へ向かったところ、倒れてしまい、会社を休むことにしました。
気持ちとしてはあまり行きたくはなかったのですが、心療内科に通うことにしました。
大学で臨床心理学もさわりだけですが、勉強したことがあったので、自分の心身の症状から、うつかそれに近い状態だということは判断がついていたのですが、精神科に通う勇気はなく、カウンセリングだけでうつ状態が治るとは思えなかったからです。
 
そして、春になって、新入社員が入るころ、休職しました。
本当は、主治医からは3ヶ月~1年は休養を取ったほうがいいと思う、と宣言されました。
けど、私がいないと仕事が回らない、という状況は、心療内科に通うために数日休んだ時に、痛いほどわかりました(その時も、私しかわからないからと言い訳をされて仕事がどんどん机の上に積まれていました)。
本社からの応援はもちろんあったのですが、正直なところ1年は続かないだろうと思いました。
だから、本当は休みたかったけれど、1ヶ月だけの休職にしました。
 
休みはあっという間でした。
休みの間も、栄転で東京へ転勤していた婚約者が帰福したため、結納や結婚式の準備に追われたり、何かと毎日しないといけないことが多く、あまり気が休まりませんでした。
ただ、抗うつ薬抗不安薬の服薬を続けて、やっと眠れるようになり、TVも普通に見れるようになったし、音楽も聞けるようになりました。
それまで、雑音にしか感じられなかったものが楽しいと感じられる、というのは大きな進歩で、主治医に話すと一緒に喜んでくれました。
 
案の定、1ヶ月の休職が明けて仕事に出てくると、トラブルだらけでした。
給与の処理が正しくされていなかったり、伝票の数字が合ってなかったり……
もう、いやだ。勘弁してくれ。
本気で思いました。
 
体調は、その後、一進一退。
めまいや動悸、頭痛などは雨の日になることが多く、耳鳴りなども時々します。
不安で潰されそうになり、婚約者の前でも散々泣きました。
結婚とか、実家から離れる(=環境が変わる)ことが不安だったり、仕事続けている限り、子どもは望めないんじゃないのかと不安だったり、ただ理由もわからず漫然と不安だったり……最近は特に抗不安薬の減薬を進めているため、その傾向にあります。
そんな状況でも、朝の目覚めは良くないですが、朝食が食べられないほどではなくなり、今では、自分を叱咤しながら会社勤めを続けられる程度にはなりました。
読書はまだスムーズにはできませんが、何度か往復しながらであれば読めるようになってきました。
趣味でまたフルートを始めることができました。 
少しずつ、うれしい回復があるのも事実です。
 
しかし、未だに、上司との関係は回復していません。
復職した時にも一切、本人の口からは謝罪はなかったから、こちらも「目には目を、歯には歯を」状態になってしまっています。
このせいで、工場長や本社の人事担当者からは、総務なのに事務所の風紀を乱して何やってるんだといわれる始末……けど、私だけが変わらなきゃいけないのでしょうか?
私だけが、頑張り続けなくてはならないのでしょうか?
今までやりたい放題されて、尻拭いばかりさせられて、ろくすっぽきちんとした謝罪されずにいるのに、まだ私が頑張らなくてはならないのでしょうか?
 
今、仕事を頑張り続けなくてはいけない理由が、やっぱりわからないでいます。
そして、多分、今なお続く症状は、勤務を続ける限り続くのだろうと思います。
ただただ、早く良くなって、学生時代のようにもっともっと本が読みたいです。
早く元の日常が戻ってきてほしいです。
もっと笑顔で毎日を過ごしたいです。