コンペイトウブルーの明日

自律神経失調症になってしまった私の他愛のない毎日

私と友達

こんばんは、紫陽です。

今夜は、今までの自己紹介にも出てきた友達事情をまとめてみます。

私は口から先に生まれてきたような女で、幼い頃から大人を言い負かすような口達者な子供だったそうです。
それは、親の教育方針がそうさせたのか、環境のなせる技なのかはわかりませんが……。

そんな本質をもつ私と友達になれる人は、幼い頃はあまり多くはなく、いじめられることもありました。
やり返したり、先に手を出したりするのは卑怯者がやることだと祖父から幼い時分から言い聞かされていたので、いじめられてもどこ吹く風を演じていることしかできませんでした。

幼稚園では、カトリック系だったこともあり、表向きはとても仲良く、喧嘩をしても仲直りするまでがワンセットでした。
しかし、裏では孤児園のような存在の施設から通っている子から、先生の見つからないところで露出しないところを抓られ、物で殴られて、お腹には今でも当時抓られた跡が残っています。
そして、その子からの謝罪はもちろん、彼女への先生からの指導もありませんでした。

小学生の頃は、とりあえずわいわいみんなで仲良く遊びましょうという感じで、問題行動が起こると授業そっちのけでクラス会議が開かれるようなところだったので、自然と排他的になり、誰かが孤立しない程度に程よく広く浅く繋がっていました。

しかし、中学へ上がるとそれまでより人が増え、みんなで仲良くが無理だと気付かされるのです。
そうして、本当は自殺願望があるけど普通に振舞ってる子とか、親から突き放されてる子、二次元がリアルからの逃げ場だった子たちと仲間になります。
元々の治安の悪さもあってか、不良が学年に数人はいる学校です。そんな逃げ場がないような子たちがいても何の違和感もありませんでした。
ただ、腹を割って話せる間柄ではなく、その場で求められる友人像を演じ続ける必要がありました。
そこから外れてしまうと、輪からも弾かれるからです。

そんなこんなで、心からのともだちだと思える人は、今となっては本当に思い浮かばず、繋がりもないので彼女たちが今どうしてるのかもわかりません。

高校に入ってから、過去の私を知らない人が増えたこともあり、比較的伸び伸びと過ごせるようになりました。
クラスが3年間持ち上がりの特殊学級だったこともあり、友好関係を長い時間をかけゆっくりと深められたこともひとつの要因かもしれません。

理系のクラスでしたので、クラスの大半は男子。40名近くいるクラスメイトのうち女子は14名ということもあり、誰かを弾くとしっぺ返しがあることを暗黙の了解としていた部分が否めず、こういう環境では広く浅くの友好関係の築き方は多少ここで活きたように感じます。

されども、やはり幾つかのグループをジプシーのように行き来するだけではやはり厳しく、安住の地として見つけた先が今の3人の友人たちです。
1人は一人っ子故に親の期待を一身に受け、運動は水泳は得意でも体育の大半は苦手で勉強なら負けない!とガリガリ頑張る才女でした。
今となっては、薬剤師として勤務するも期待に応えなくてはというプレッシャーに押され、苦しんでいて、会って話すことが少しでもガス抜きになれば良いのになと思うばかりです。

もう1人は、キリンが大好きで、絵を描くのが大好きで、休み時間もたくさん絵を描いていました。
人見知りだから、仲良くなるまでは絵を描く姿もあまり見せてくれなかったけど、そんなところも可愛いところです。
美術系の大学を出て、今では私の結婚式のためにプロフィールムービーを作ってくれるほどの腕前です。
彼女もまた、職場の同僚たちからの真綿で首を絞めるような行為で休職しながら、一緒に闘っている仲間の1人です。

最後の1人は、私たちといる場所は仮の居場所のような、儚げな子でした。
他の友達も多く、私たちとは体育の数あわせもあって一緒にいたのかも……と不安に思うくらい、あまり本音を見せてくれませんでしたが、今ではあまり会えないのですが、姉のように私の話をたくさん聞いてくれた優しい子です。

私は、あまり同性の友達がいません。
どちらかというと、趣味が趣味だけに異性の友人の方が気軽に話せる場合もあります。(ミリオタ、可愛いは正義、二次元が友達などなど)
地声が高く、童顔で、体型もちんちくりんで、自己主張が激しいのも要因だとわかっています。
けど、そんなこと抜きで10年もともだちでいてくれる彼女たちのことが大好きです。
そして、こんな私に今でも声をかけてくれる彼女たちのおかげで今の私がいます。

大学に入ると、さらに母数が増えるためともだちという概念が難しくなります。
一緒に講義を受けた学科の知り合いもいれば、ゼミで奮闘した仲間もいます。
さらにいえば、学部学科は違えど、同じ目的を持って苦楽を共にした同志もいます。
この時期に、初めてともだちってこういう存在なんだなぁと実感できました。
何時間でも相談に乗ってくれたり、愚痴聞いたり話したりできる、講義のノートの貸し借りができる、何かをやろうと声をかけると力になってくれた執行部時代の同期のみんなは、同志であり仲間であり、大切なともだちだと信じたい。

疑り深い私にとって、ともだちってすごく希少価値の高い存在で、「なろう!」って言ってなれるものでもないので、こんな風に思える経験をさせてくれた人たちみんなに、本当に感謝です。

ともだちって、ずーっと一緒は難しいけど、できればどんな形ででも繋がっていけたら良いなと今なら思えます。

こんな私に変えてくれて、本当にありがとう。