コンペイトウブルーの明日

自律神経失調症になってしまった私の他愛のない毎日

四半世紀③

こんばんは、紫陽です。
今日は、自分振り返りの3弾目。
昨日たどり着かなかった中学時代以降からお話ししましょう。

中学生になる時、小学生の頃一番仲良くしていた(と私は思っていた)友達が私立の入試を受け通っていたことを知らず、地元の公立校に入学式の時に彼女の姿がないことに気がつき、とても寂しく、そして騙された気持ちになったのを忘れられません。
同じ書道教室に通っていただけにショックは大きく、それ以降、なんとなく彼女に会いづらくなり、幼稚園から通ってきた教室から少しずつ足が遠のき始めました。
そんな始まり方をした中学時代は、まるでその3年間の象徴のようでした。
この頃から私は徐々に歪んでいきました。
声やしゃべりが特徴的で外見も割と小さくて丸い、と悪目立ちするタチだったので、他の小学校から来た程度の低い男子から不必要に絡まれたり、表では笑顔で仲良く話していたはずの女子からも陰口を囁かれることもありました。
それでも、何事もなかったかのように明るく振る舞い続けました。
勉強は中の下〜上を行き来するくらいであまり目立って成績が良かったわけではなかったのですが、相変わらず楽器が好きでフルートは真面目にコツコツ、先生に怒鳴られても涙を滲ませながら頑張りました。
そんなだから、中学の部活で吹奏楽部に入ってしまったのは間違いだったのだと今でも思ってしまいます。
経験者から入る人、初心者から入る人、様々な条件の人材が集まって始まるこの時期の部活はすごく良い社会勉強にはなりました。
上下関係の大切さも知りました。
派閥の怖さも知りました。
一つの目標に向かって切磋琢磨し合う楽しみも知りました。
ただ、口先だけで努力もせず、失敗を他人のせいにばかりする同期に嫌気がさし、人間が嫌いにもなりました。
学校を度々休んだこともありました。
ついに耐えられなくなり、生徒会役員の仕事を理由に部活を辞め、遠ざけました。

誰かと話すのも疎ましくなり、限られた輪の中で、限られた話だけして、自分の殻にこもっていくと、仲間外れしていると思われたくないからなのか声をかけてくる人が出てきたので、教室や生徒会室でも話しかけられるのを避けるために、読書ばかりしました。
非積極的な理由から始まった読書の習慣は、後に私を成長させてもくれました……が、人はこれを逃げと言うのでしょうね。
けど、そうでもしないと家族の維持にまで影響を与えかねないほど、私は荒れ狂っていました。
家に帰ってからは、学校で溜めたストレスを吐き出すかのように暴れ、その頃はまだ小さかった弟にも大層可哀想なことを言いました。
今考えると、こんな風にして虐待って起こるんじゃないのかな、と。
未だに同じ中学へ進学した同級生とは連絡を取りません。
会って話しても、昔のことが頭をよぎって反吐が出そうですし、心から笑顔になれる話ができるとは到底思えないからです。

そんな暗黒の中学時代だったからこそ、高校時代は最高でした。
受験によって偏差値が似通っていて、私の場合は特別クラスだったので目的を同じくする仲間も多く、また、"賢い"が故にイジメらしいイジメもありませんでした。
周りも多少オトナで、中身で私を見てくれた友人も多くいて、今でも地元に残っていて仲良くしている友人が数人います。
中でも、私には心の支えとなる特別な友達ができました。
それは異性のクラスメイトでした。
同じ読書の趣味を持っていたけど、読むジャンルが全然違って、知識も偏ってたけど豊富で話し上手でした。
時々、私が一度話を聞き始めると最後まで聞かないと気が済まないタチだと知ってて、苦手な怖い話をわざと話し始めたりするこどもなところもありましたが、私は彼の話を聴くのがとても好きでした。
そして、彼の話がもっと理解できるように、本を読むことを無意識に選んでいました。
最初はそれに気づいた時にとても戸惑いました。
けど、休み時間でも放課後でも何時間でも話が続き、帰るのが陽が落ちる頃だったとしても苦じゃなかったし、彼がいてくれなかったら、私は年間300冊も読む"文学少女"でいられなかったでしょう。
彼が私を人にした、そう言っても過言じゃないと今なら思います。
同性の親友もできました。
アニメや漫画の話はもちろん、恋バナだってしたし、進路や将来のことなんて親にも話しにくいことを話したりもしました。
相変わらず人との距離の詰め方がよく分からなくて、けど帰宅部も嫌だったから入った図書部(委員会はありませんでした)も、何故か3年間部員1人だったので、結構伸び伸びと司書さんと活動していました。
今でもあの図書室は私のお城(シェルター)だし、司書室で飲んだ司書さんの淹れてくれた紅茶の味は忘れられません。
図書室で本を選ぶ時に感じる背表紙の感覚、紙が古くなった匂い、借りるために手に取った本の重み。
どれを取っても私の青春で、だからこそ司書になりたいと強く思いました。
中学の頃からじゃとても考えられないくらい、毎日が楽しくて学校でみんなと話すために勉強する、そんな日々でしたので、卒業式はすごく泣きました。
私たちの代で、母校である高校は他校と合併し名前も制服も変わってしまい、今では学舎でさえ使われていません。
多分、入ることも難しいと思うと、やっぱり切ないです。
けど、3年間皆勤賞を取れるくらい毎日通えたことは、私の誇りです。

そんな楽しくて幸せだった楽園の時代を経て、地元の公立大の文学部にストレート入学をした私がどんな破天荒な日々を送るかについてはまた明日にしましょう。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
明日もどうかよしなに。