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コンペイトウブルーの明日

自律神経失調症になってしまった私の他愛のない毎日

四半世紀②

こんばんは、紫陽です。

ブログ3日目の今日は、自分振り返りの第二段!

……ということで、テーマは幼少期と家族。

 

父は九州の旧帝国大の理系学部卒のメーカーの技術者で、生真面目で堅い人で財布のひもがきつく、冗談がヘタで手先は器用でも不器用な人です。

会社でも人間関係でかなり苦労したみたいです。

母は音楽教室の講師で楽観的でかなりおっちょこちょいで、いまだに”おかあさんといっしょ”のファミリーコンサートに興味津津なちょっと子供っぽいところのある人です。

(実際松田聖子さんと同い年らしいけど、見た目母の方が幼く見えるくらいです)

優柔不断なところもあるからか、いわゆるママ友付き合いは苦手だったそうです。

 

そんな両親から生まれた私は、三人兄弟の長子で長女。

性格や思考回路は父に似たけど、行動や外見や声なんかは母に似てしまって見た目でちょっぴり損をしているんじゃないだろうかと思うことがしばしばあります。

兄弟の構成は、私、時折笑いの神様が舞い降りる妹(3歳差)、我慢強くイマドキ珍しいくらい親の言いつけを守るちょっぴり武士かぶれな弟(7歳差)。

 

だけど、幼少期に育った環境はまるで末っ子。

なぜなら、近所に住む親せきの家の年の離れたはとこ(またいとこ)と一緒に過ごす時間が長かったからだと思います。

はとこは、長女のお姉ちゃんと、長男のお兄ちゃん、次男の末っ子のお兄ちゃんの構成で、みんな私よりも年上だったからか、何かと甘やかされたましたね。

特にお兄ちゃんたちは、新たにできた子分が嬉しかったようで、どこで遊ぶにも連れて行ってくれました(おかげで生傷が絶えない時期もあった)。

仮面ライダーを正座して並んで見ては、仮面ライダーごっこをし、木登りをして駆け回る……インドア派に育った今では到底考えられない光景!

この頃から、2人の兄がいるような感覚だったから、今でも自分より少し年上(といっても一回り手前までなら平気)の男性と話したり一緒にいることにあまり抵抗はないんですよね、不思議なことに。

お菓子やおもちゃの取り合いとか喧嘩も嫌な思い出になることがほとんどなく過ごせたのは、実の兄ではないからこそあった憧れ、みたいなものもあったし、はとこたちが私を年下だからと甘やかし、率先して譲ってくれたからかもしれません(多少わがままで独占欲が強い人格にはなったけど)。

この時期くらいにはピアノやヴァイオリンを始め、書道も始めました。

母が音楽を生業にしていたことから、お腹にいた頃からクラシック音楽には触れていたし、はいはい始める頃には楽器や楽譜やカセットテープに触っていたずらしては母をたくさん困らせていた分、音楽は今でも私の根っこに値するくらい生活の一部です。

まぁ、おかげで流行りのJ-POPとかは小学校に入る頃まで興味がありませんでした。

 

幼稚園では一転。

セーラームーン世代だったので、教室ではセーラームーンの話で持ちきり。

もちろん、キャラクターの絵の付いたお弁当箱や水筒を持っている子も多く、ごっこ遊びもよくしたもので、その当時のOPやEDはみんなで歌ったりするほど。

少し女の子らしいことや女の子の友達ができたりで興味の先が移りました。

また、妹が増え、苦手な食べ物は妹とシェアリング、世話焼きたくて前髪をギザギザに切ってしまってお母さんから怒られたりもしましたが、まぁ、賑やかにそして楽しい幼少期の思い出です。

この頃、続いていたのは書道やピアノ。

ピアノはその年ごろの子にしてはわりとよく弾けていたようで、コンクールなんかも誘われていたようです。参加することに意義がある、と考えていた母がプレッシャーをかけなかったおかげで、私は全く覚えていないのですが。

 

さて、そんな活発だったのも小学校に上がって少しまで。

小学校に上がる頃、弟が生まれました。

はいはいができる頃には、新品だったランドセルはボロボロにされるという事件が起きたり、ノートをびりびりにちぎられたりする事件が起き、私は何かと弟に八つ当たりしていました。今考えるととても大人げない酷いことをしたな、と反省しています。

けど、新品で買ってもらったものやお気に入りのものに限ってボロボロにされるこの気持ち、きっと世のお兄ちゃん・お姉ちゃんには分かってもらえると信じてます。

 

中学年くらいまでは放課後は自転車であちこちに出かけ、休み時間も男子に交じってサッカーや野球をしていました……あぁ、ありえない。

あの頃の運動神経を少しでも今の私に分けてやりたい!

ホームランとか打ってた私が嘘のようだ!

 

そのうち、男子と女子が対立する思春期に突入し、女の子の目が気になり始めて内向的にだんだんなっていきました。

不器用なくせに女の子っぽく見られたくて休み時間に編み物とかしてみたり……

あとは、リコーダーを授業で使うようになると、もっぱらリコーダーばかり吹いていました。管楽器の楽しさを実感し、楽譜が分からない(手元にない)曲も探りながら耳コピで吹いたりしていました。これは後にフルートを始めるきっかけにもなります。

 

あとは、人生において初めて携帯ゲーム機というものを所有することになります。

(やってたのはポケモンです。当時の小学生の大半ははまってましたよね、多分)

これが私をインドア派へと導いた元凶とも言えるでしょう。

そして、この時期(幼稚園以前~小学生)に見たアニメの数々は私の年齢だと普通はリアルタイムで見てるわけないじゃん!って言われるようなものが多かったのもまたオタクへの道を開拓してしまう要因だったと思わざるを得ません。

そのくらい片っ端からアニメを見ていました。

今や当たり前のエヴァも、当時TV版を見ていたので、それはそれはショックが大きかったですね。小学生にはまだ早い世界観でした。……まぁ、アニメの話は、また今度。

 

それから暗黒の中学時代、楽園の高校時代を過ごし、破天荒な大学時代を経て社会人となり心身共に擦り減ってしまいました。

この辺のくだりは、今日と同じくらい長くなりそうなのでまた明日にしましょう。

さて、今週も折り返し。明日も頑張って残業しなくて済むようにがんばります!